ナチスとチベットの関係

世界の歴史にその名を残した大量虐殺集団ナチスへの貢献に尽力していた殺人犯、それが「チベット大虐殺」捏造映画の原作本を書いた人物でありダライ・ラマ14世の師でもあったハインリッヒ・ハラーの正体である。

まったくこの者にしても、米帝にしても、日本右翼勢力にしても、当の自分ら自身が人殺しの犯罪者であるくせにその事実を棚上げして中国に「チベット大虐殺」などという濡れ衣を着せるとは実に片腹の痛い話である。

ちなみに「チベット大虐殺」が捏造であることは「「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」を読めばわかる。



目次
1. ハインリッヒ・ハラーの暴かれた過去



ハインリッヒ・ハラーの暴かれた過去


▽ハインリッヒ・ハラーの暴かれた過去

ドイツの週刊誌「シュテルン」は1997年5月28日、ダライの啓蒙教師として有名なハインリッヒ・ハラーとナチスとの関係を決定付ける証拠を明らかにした。ハラーとナチスとの関係はそれまでにもたびたび問題になっていたが、文献的な証拠が不足しており、ハラー自身もナチスとの関係を否定していた。「シュテルン」が暴露したのは、ベルリンの連邦資料館で発見されたハラーの原資料。80ページにわたるこの資料によると、1912年7月6日に生まれたハラーは1938年5月4日にナチ党に入党し、党員番号「6307081」を持っていた。ナチ親衛隊のメンバーでもあり、所属部隊は「38部隊」、隊員番号は「73896」。資料にはハラーの手書きの履歴書もあり、ハラーが1938年4月1日に親衛隊での活動を始めたことが記されている。それ以前の1933年10月からもオーストリアで当時非合法だった突撃隊の活動に尽力していたという。この履歴書には、襟にナチスのシンボルをつけたハラーの証明写真も貼られている。

「シュテルン」は、「ナチスとの関係について追究を受けたことのないハラーは、何の妨げもなくスーパースターになってしまった」と論じる。ハラーは西蔵(チベット)に逃げ、1946年頃にはダライの教師も務めた。その後、ハラーの著した「チベットの7年」は大きな反響を生み、40余りの言語に翻訳され、読者は5千万人を超えるベストセラーとなった。ハラー自身も、「人権の擁護者」との名声を受けるようになった。とりわけハリウッドが巨額を投じて同書を映画化(「セブン・イヤーズ・イン・チベット」)したことから、ハラーは西側諸国で英雄視されるようになった。だが、ハラーの真実の過去が明らかになった今、人々はもう一度考えなおしてみるべきではないだろうか。半世紀にわたって嘘をつき世界の人々をだましていたハラーのような人の言論にどれほどの信頼性があるのか。自らの過去をでたらめでかためたハラーのような人がチベットの状況に対して下した評価が客観的で公正なものだったといえるのか。

「人民網日本語版」2008年12月25日



関連項目
  • オウム真理教とチベットの関係
  • CIAとチベットの関係
  • 統一教会とチベットの関係



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