平和解放後のチベットの社会・経済発展データ


中国による1951年の平和解放および1959年の民主改革以後のチベットはどのような発展を遂げてきたかを示す具体的な統計データ集。「チベット経済と社会発展の報告(Report on the Economic and Social Development of Tibet)を参考に作成。

中国のチベット統治がインフラ整備など近代化を伴う善政統治であることを証明するこれだけの数的事実。

  • チベットの総人口 ・・・ 115万人(1951年) → 300万2166人(2010年)
  • チベットのチベット族人口 ・・・ 120万9000人(1964年) → 270万人(2008年)
  • チベット総人口に占めるチベット族の割合 ・・・ 96.8%(1964年) → 94.89%(2007年)
  • 中国全土のチベット族人口 ・・・ 277万5000人(1953年) → 628万2200人(2010年)
  • チベットの平均寿命 ・・・ 35.5歳(1959年) → 67歳(2007年)
  • チベットの嬰児死亡率 ・・・ 43%(1950年代民主改革前) → 2.45%(2007年)
  • チベットの妊婦死亡率 ・・・ 5%(1950年代民主改革前) → 0.31%(2007年)
  • チベット青壮年の非識字率 ・・・ 95%(1950年代民主改革前) → 2.4%(2000年代現在)
  • チベットの高等教育機関(大学など)の数 ・・・ 1校(1965年) → 6校(2008年)
  • チベットの中等教育機関(中学校・高校など)の数 ・・・ 5校(1965年) → 127校(2008年)
  • チベットの小学校の数 ・・・ 1822校(1965年) → 3090校(1993年) → 884校(2008年)
  • チベットの幼稚園の数 ・・・ 32校(1993年) → 83校(2008年)
  • チベット千人あたりの患者用ベッド数 ・・・ 0.39床(1959年) → 2.50床(2008年)
  • チベット千人あたりの衛生技術員数 ・・・ 0.64人(1959年) → 3.05人(2008年)
  • チベット農牧民1人当たりの純収入 ・・・ 175元(1978年) → 3176元(2008年)
  • チベットのGDP ・・・ 1.74億元(1959年) → 395.91億元(2008年)
  • チベットの1人当たりのGDP ・・・ 142元/人(1959年) → 13861元/人(2008年)
  • チベットの固定資産投資額 ・・・ 0.26億元(1959年) → 303.33億元(2008年)
  • チベットの食糧総生産量 ・・・ 18.29万トン(1959年) → 95.00万トン(2008年)
  • チベットの食糧の単位面積生産量 ・・・ 1370キロ/ヘクタール(1959年) → 5581キロ/ヘクタール(2008年)
  • チベットの肉類の生産量 ・・・ 4.7万トン(1978年) → 24.27万トン(2008年)
  • チベットの乳製品類の生産量 ・・・ 9.3万トン(1978年) → 29.52万トン(2008年)
  • チベットの自動車道路の距離 ・・・ 0.73万キロ(1959年) → 5.13万キロ(2008年)
  • チベットの造林面積 ・・・ 868ヘクタール(1990年) → 19069ヘクタール(2007年)
  • チベットの防風林面積 ・・・ 440ヘクタール(1990年) → 13132ヘクタール(2007年)


  • これらは全て統計によって裏付けられた確かな事実である。中国はチベットを統治してインフラ整備などを行い近代化を進めたことによって、かつて極貧地域だったチベットを飛躍的に豊かにしたのである。

    ※画像クリックで個別ページへ移動。

    1959-2008年 チベットのGDPと1人当たりのGDPの変化 1959-2008年 チベットGDPの年間平均成長率の変化 2003-2008年 チベットのGDP額と固定資産額、GDPに占める割合

    1959-2008年 チベットの固定資産投資とGDPの変化 1959-2008年 チベットの食糧総生産量の変化 1978-2008年 チベットの肉類と乳製品類の生産量の変化

    1959-2008年 チベットで開通した自動車道路の距離と貨客運輸量の変化 1980-2008年 チベットの観光収入と観光客数の変化 1959-2008年 チベットの産業の構造

    1964-2008年 チベット総人口とチベット族人口の変化 チベット住民の健康レベルの変化(嬰児死亡率、妊婦死亡率、平均寿命) 1965-2008年 チベット自治区の各種学校数と教職員数

    1965-2008年 チベットの1万人ごとの大学生、短大生、高校生数の変化 チベットの青壮年の非識字者率の変化 1959-2008年 チベット千人あたりの患者用ベッド数と衛生技術員数の変化

    1978-2008年 チベット農牧民1人当たりの純収入の変化 1990-2007年 チベットの造林と防風林面積の変化 チベット自然保護区の割合と全国との比較

    2007年 チベットの異なる所有制の工業企業数とその割合 チベットの異なる収入階層の農民の割合 2003-2007年 チベットの都市部と農村部の収入の差


    チベットおよびチベット族の人口推移まとめ


    チベットおよびチベット族の人口推移
    チベットの総人口 チベットの
    チベット族人口
    中国全土の
    チベット族人口
    1737年 約800万人 *1 - - 歴代ダライ・ラマ統治時代。
    1904年 約500万〜600万人 *2 - - 歴代ダライ・ラマ統治時代。
    1935年 372万人 *1 - - 歴代ダライ・ラマ統治時代。
    1951年 115万人 *3 *4 - - この時点まで歴代ダライ・ラマがチベットを統治し、凄まじい悪政によって人口が激減し続けた。同年、中国のチベット平和解放によって中国の庇護のもとでダライ・ラマ14世がチベットの自治を開始、人口減少が止まる。
    1953年 127万5000人 *3 - 277万5000人 *5 第1回国勢調査。
    1959年 119万人 *1 - - *6 この時点まで中国の庇護のもとでダライ・ラマ14世がチベットを自治。しかし、ダライらチベット支配層が中国からの独立を企てて武装反乱を起こし失敗、亡命。チベット支配層らが逃れた分だけ人口が減る。同年、中国のチベット民主改革によって政教一致の封建農奴制が撤廃されて中国による正式な統治が始まり、近代化によってチベット族の人口が急速に増え始める。
    1964年 125万1000人 *3 120万9000人 *3 - 第2回国勢調査。
    1978年 174万人 *7 162万人 *7 - -
    1982年 - - 387万人 *8 第3回国勢調査。
    1984年 197万人 *7 188万人 *7 - -
    1988年 212万3100人 *9 - - -
    1990年 219万6000人 *3 209万6700人 *3 459万3000人 *10 第4回国勢調査。
    1993年 229万人 *7 221万人 *7 - -
    2000年 261万6300人 *3 241万1100人 *3 542万人 *9 第5回国勢調査。
    2001年 254万人 *7 244万人 *7 - -
    2003年 270万1700人 *3 - - -
    2004年 273万6800人 *3 - - -
    2005年 277万人 *9 - *11 - -
    2006年 281万人 *9 - - -
    2008年 287万人 *7 270万人 *7 - -
    2010年 300万2166人 *12 - 628万2200人 *13 第6回国勢調査。
    (1737年から1951年までの歴代ダライ・ラマ統治時代には一貫して人口が減少し、
    対する1959年以降の中国統治時代には一貫してチベット族人口を含めて人口が増加した)
    出典・脚注
    *1:『中国地図冊』(中国地図出版社編制、新華書店北京発行所発行、1992年版)
    *2:河口慧海『チベット旅行記』の「第百十八回 チベットの兵制」
    *3:『チベットの人口』(中国のチベット 事実と数字2005)
    *4:この時点の1951年までに実施されていた人口調査は旧態依然とした簡易なものであり大まかな人口しか把握できておらず、次点の1953年の人口と比べると1年に約6万2500人ずつ増えるという異常な人口増加ペースになっていることがわかるので、実際には1951年の人口は115万人よりも数万人多かったものと推定される。2年後の1953年には第1回国勢調査が実施され、そこからようやく正確性の高い人口統計が得られるようになった。
    *5:易富賢『大国空巣:反思中国計画生育政策』(中国発展出版社)
    *6:ダライ・ラマ14世のチベット亡命政権は1959年時点の中国全土のチベット族人口を600万人と主張し、その根拠として「中国政府が当時そう発表していた」とうそぶいているがそのような事実は一切ないし、また人口600万人の典拠となる具体的なソース名も一切挙げていない。また、彼らは「1959年」の人口が600万人だと言ったり「1959年以前」の人口が600万人だと言ったり「現在」の人口が600万人だと言ったりまるで一貫性がないし、まさか発展著しい地域で50年以上もの間ぴったり600万人のまま人口が停滞していることなどあり得ないのでこの600万人という数字は全く信憑性のない出鱈目な数字と見て間違いない。
    *7:『チベット総人口とチベット族人口の変化』(チャイナネット 2009年4月7日)
    *8:中国語オンライン辞書
    *9:横浜国立大学教育人間科学部教授・村田忠禧『チベット問題を考えるための資料』
    *10:中央人民広播電台
    *11:『チベット問題を考えるための資料』には2005年のチベットのチベット族人口は241万1100人と書かれているが、この数字は第5回国勢調査で判明した2000年のチベットのチベット族人口と完全に一致する不自然な数字である。よって2000年のデータが2005年のデータと誤認されて掲載されたものと判断して一覧から除外する。
    *12:『チベット、常住人口が300万を上回る』(中国国際放送局 2011年5月5日)
    *13:中国民族報 2012年7月5日

    この表の画像版はこちら。拡散・無断転載大歓迎。
    もっと見る

    チベットの平均寿命の推移まとめ


    チベットの平均寿命の推移
    チベットの平均寿命
    1959年 35.5歳 *1 この年に中国のチベット民主改革によって政教一致の封建農奴制が撤廃され、近代化によって平均寿命が急速に延び始める。
    1990年 59.64歳 *2 第4回国勢調査。
    2000年 64.37歳 *2 第5回国勢調査。
    2007年 67歳 *1 -
    出典
    *1:『チベット住民の健康レベルの変化』(チャイナネット 2009年4月7日)
    *2:横浜国立大学教育人間科学部教授・村田忠禧『チベット問題を考えるための資料』

    この表の画像版はこちら。拡散・無断転載大歓迎。
    もっと見る

    関連項目


  • 世界が評価した中国のチベット統治の真実
  • チベット族の人々が語る現在の豊かで幸せな暮らし
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘
  • 西側諸国も公式に認める中国のチベット領有
  • 写真で見る平和解放前と平和解放後のチベット
  • 河口慧海が記録した旧チベットの実態
  • 外国人が記録した旧チベットの実態
  • 中国のチベット平和解放は侵略ではない



  • ホームに戻る