西蔵資料館 〜チベットの本当の歴史〜
- The True History of Tibet -



当サイトについて


中国による平和解放前のチベット(左)と平和解放後のチベット(右)。 ※画像クリックで拡大。

当サイトはチベットの本当の歴史とチベット問題の真実を、何も知らない日本の情弱ネットユーザーに広く伝えるためのサイトであります。チベット民主改革から54周年を迎えた2013年3月28日に公開開始。

そこの貴方、チベットについて本当に正しい知識を持っていますか?ダライ・ラマ一味(以下ダライ集団)が流す歴史捏造プロパガンダに騙されてはいませんか?

例えば、

  • 「チベットは古来より独立国家としての体をなしていた」
  • 「チベットは中国に支配される前は素晴らしい社会と文化を持つ国であった」
  • 「チベットは歴史上一度も他国を侵略したことのない平和国家であった」
  • 「中国によるチベット併合は違法な侵略行為である」
  • 「中国統治下のチベットでは中国政府によって120万人以上ものチベット人が大量虐殺され民族浄化された」
  • 「中国統治下のチベットでは中国政府によって多くのチベット人が強制断種・避妊手術を施されている」
  • 「中国統治下のチベットでは漢族が大量に流入してチベット族が少数派に追い込まれている」
  • 「中国政府はチベットの自然や文化を破壊している」
  • 「チベットを中国の領土と主張しているのは中国共産党政府だけ」
  • 「ダライ・ラマ14世は暴力を用いない平和の使者である」
  • 「『大チベット』と呼ばれる地域こそがチベットの本来の版図である」
  • 「パンダはチベット固有の動物である」


  • …などなど、驚くべきことにこれら全て、ダライ集団その他による歴史捏造プロパガンダなんです。なぜこれらが嘘なのかは当サイトを読んでいけばわかることです。ちなみに未完成のコンテンツも随時アップデートしていく予定。

    現状の日本におけるチベット問題関連の情報はあまりにも偏り過ぎていると言わざるを得ません。右派はもちろんのこと、一部の左派ですらダライ集団の歴史捏造プロパガンダばかりを鵜呑みにし、ダライラマ側が絶対善であるかのように思い込まされ洗脳されています。

    当サイトはそういったダライ集団の有害極まりない歴史捏造プロパガンダを暴き、中国のチベット平和解放は本当に侵略行為なのか、中国が解放する以前のチベットはどのような社会であったのか、中国が統治した結果チベットはどれほどの発展を遂げたのか、中華民国(台湾)政府や西側諸国の政府はチベットの帰属について公式にはどういった見解なのか、フリーチベット運動とはどのような勢力に支援されている運動なのか、いわゆる「チベット大虐殺」は本当に実在する出来事なのか、などを明らかにしていきます。

    このサイトで真実をしっかりお勉強して、ダライ集団のチベットファンタジーによる洗脳をしっかり完治させてくださいねダライカルト信者の日本人の皆様w

    初めての方はまず「概略:チベット問題とは?」と「チベットの歴史沿革」をお読みください。

    2015年からは以下の欄に更新履歴を記録。

    2017年1月9日更新
  • 写真で見る平和解放前と平和解放後のチベット」にある旧チベットの政教一致の封建農奴制についての説明に少し加筆。


  • 2016年12月22日更新
  • トップページのリンク集に「中国関連のデマを検証するサイト」を新設。ここでは主にチベット関連以外の反中・嫌中デマを取り上げていく予定。
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」の「第1章:チベットで大量虐殺と呼べる出来事があった客観的証拠はない」の節に「大量虐殺の証拠」とされる証言や写真の信憑性の低さについて大幅に加筆。


  • 2016年11月20日更新
  • 約1年ぶりの更新。「世界が評価した中国のチベット統治の真実」に新しい記事を3つ追加。


  • 2015年11月23日更新
  • 中華民国の版図でもチベットと新疆は中国の一部」の「中華民国(台湾)の公式見解でもチベットと新疆は中華圏」の節に加筆。
  • CIAとチベットの関係」に「王柯『多民族国家 中国』(岩波新書)より」の節を追加。
  • トップページのリンク集に「チベット問題の本質」のリンクを追加。


  • 2015年10月17日更新
  • 中国のチベット平和解放は侵略ではない」の「第2章:中華民国時代もチベットは一貫して中国の一部であった」の節と「中華民国の版図でもチベットと新疆は中国の一部」の「昔の日本の中国地図でもチベットと新疆は中国の一部」の節に1914年の米国のアジア地図「usa1914.jpg」と1932年のドイツのアジア地図「germany1932.jpg」、およびそれらの地図についての説明を加筆。


  • 2015年9月23日更新
  • 中華民国の版図でもチベットと新疆は中国の一部」の「中華民国(台湾)の公式見解でもチベットと新疆は中華圏」の節に1936年の中華民国地図「roc1936.jpg」とその説明を加筆。不要な重複画像数枚を削除。
  • オウム真理教とチベットの関係」に「ペマ・ギャルポとオウム真理教の関係」の節を追加。


  • 2015年9月16日更新
  • チベット自治区成立50周年を記念(とは言え記念日の9月1日はとっくに過ぎたが)して旧記事の「ダライラマも合意していた中国によるチベット解放」を統合する形で特集記事「中国のチベット平和解放は侵略ではない」を作成。
  • これまでトップページにのみ掲載していた「中華民国の版図でもチベットと新疆は中国の一部」を個別記事化した上で加筆。
  • トップページのリンク集に「bogus-simotukareのブログ」のリンクを追加。


  • 2015年8月26日更新
  • 外国人が記録した旧チベットの実態」に日本軍のスパイである西川一三が記録した旧チベットに関する情報を加筆。
  • 世界が評価した中国のチベット統治の真実」に新しく発掘した記事をいくつか追加。また、中国のチベット統治を評価した著名人9名の写真を追加。
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」の「補足:「チベット120万人大虐殺」の嘘に気づいた西側諸国の人々の例」の節にパトリック・フレンチの写真を追加。
  • 西側メディアによるチベット関連の虚偽報道」に「ドイツテレビ局がラサ暴力事件の報道に誤りと認める」の節を追加。


  • 2015年8月10日更新
  • チベットおよびチベット族の人口推移」の「チベットおよびチベット族の人口推移まとめ」の節に2010年の人口統計を、「参考1:新疆ウイグル自治区のウイグル族の人口推移」の節に1982年と2010年の人口統計をそれぞれ追加し、画像「populationoftibet.png」と「populationofuyghur.png」を更新。また、「チベット、常住人口が300万を上回る」の節を追加し、「補足:反中勢力も中国の人口調査を「追認」」の節に少し加筆。
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」の冗長すぎる部分を思い切って削りつつも新たな情報を少し加筆。


  • 2015年8月2日更新
  • トップページのリンク集に「新疆の歴史と発展」と「新疆の発展と進歩」のリンクを追加。
  • チベットおよびチベット族の人口推移」に「参考:新疆ウイグル自治区のウイグル族の人口推移」の節を追加。また、「ダライ集団と櫻井よしこが中国の人口調査を「追認」」の節に加筆して「補足:反中勢力も中国の人口調査を「追認」」に改名。資料画像として「populationofuyghur.png」と「tibetananduyghur2000.jpg」を追加。
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」の「「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘である」の節が長すぎるので複数の節に分割した上で加筆。中国がチベット族絶滅など画策していない証拠の一つとしてチベット族の肖像画が載った中国人民元紙幣の画像「5yuan.jpg」を追加。


  • 2015年7月22日更新
  • 「平和解放前のチベットの写真」を「写真で見る平和解放前と平和解放後のチベット」に改名。節を「政教一致の封建農奴制下にあった平和解放前のチベット」と「中国によって近代化された平和解放後のチベット」の二つに分割し、それぞれの節に写真を新しく6枚ずつ追加して枚数を増やした。また、中国がチベット語を弾圧などせずに保護している証拠としてチベット語に関する写真も11枚追加。
  • 河口慧海が記録した旧チベットの実態」に河口慧海が実在した人物である証拠として本人の写真「kawaguchiekai.jpg」を追加。
  • トップページの「中華民国(台湾)の公式見解でもチベットは中華圏」の節に蒙蔵委員会と中華民国憲法第120条に関する説明と「mtac.jpg」を追加。


  • 2015年5月8日更新
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」の「「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘である」の節に一部の南朝鮮人が唱える「朝鮮人800万人大虐殺」説に関する説明を加筆。また、パトリック・フレンチの「チベット120万人大虐殺の証拠はない」発言が掲載されたニューヨーク・タイムズ記事のバックアップとしてキャプチャ画像「nytpatrickfrench.png」を追加。
  • 中国の少数民族政策と西側諸国の少数民族政策」に当サイト管理人による検証記事として「中国と西側諸国の少数民族言語政策の違い」の節を追加。
  • 平和解放前のチベットの写真」に河口慧海が記録した旧チベットについての記述をさらに詳しく加筆。


  • 2015年4月17日更新
  • 西側メディアによるチベット関連の虚偽報道」を作成。


  • 2015年4月8日更新
  • 河口慧海が記録した旧チベットの実態」に「チベット人以外の民族がチベットに長期滞在していると血を吐くことがある」の節を追加。
  • 漢族がチベットで多数派民族になり得ない理由」を作成。


  • 2015年3月28日更新
  • チベット民主改革56周年とサイト開設2周年を記念して特集記事「「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」を作成。トップページにも「「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘」の節を追加。
  • トップページのリンク集に「真実の西蔵とは」と「ラサ 3.14事件の真相」と「Friendly Feudalism: The Tibet Myth」のリンクを追加。
  • チベットの歴史沿革」を作成。
  • チベットおよびチベット族の人口推移」に「ダライ集団と櫻井よしこが中国の人口調査を「追認」」の節を追加。
  • CIAとチベットの関係」に「1959年、チベット武装勢力反乱の真相」の節を追加。
  • オウム真理教とチベットの関係」に「ダライ・ラマの称賛を“金で買った” 上祐氏が古巣・オウムに爆弾」の節を追加。


  • 2015年3月12日更新
  • 平和解放前のチベットの写真」の「参考:中国によって近代化された現在のチベット」の節に写真を新しく6枚追加、合計18枚に。それに伴いトップページにもその中から写真を9枚選抜して追加。


  • 2015年2月26日更新
  • トップページを微修正し「西側諸国も公式に認める中国のチベット領有」の節を追加。
  • 平和解放前のチベットの写真」に旧チベットの人口関連の説明を加筆。
  • 「西側諸国にも見捨てられたチベット独立派」を「西側諸国も公式に認める中国のチベット領有」にリニューアルして内容を微修正、「インド 国内でのダライ・ラマの政治活動を認めず」の節を追加。
  • CIAとチベットの関係」に米国側資料として「ダライラマグループがCIAから金銭を受け取ったと述べる」と「動画:CIA とチベット:関係者の証言」の節を追加。
  • 統一教会とチベットの関係」の「touitsu2.jpg」の画像をキャプション付きのものに差し替え。


  • 2015年2月10日更新
  • 中国の少数民族政策と西側諸国の少数民族政策」を作成。


  • 2015年2月3日更新
  • トップページを微修正し新たに更新履歴と、「平和解放前のチベットに関する公文書資料」、「河口慧海が記録した旧チベットの実態」、「チベットおよびチベット族の人口推移まとめ」、「チベットの平均寿命の推移まとめ」、「世界が評価した中国のチベット統治の真実」の節を追加。
  • 概略:チベット問題とは?」を微修正。
  • 河口慧海が記録した旧チベットの実態」に「旧チベットが軍隊を持たない国だったというのは嫌中ネトウヨの嘘」と「参考:旧チベットは日韓併合前の朝鮮と比べても近代化が遅れていた」の節を追加。
  • 平和解放後のチベットの社会・経済発展データ」を微修正、「チベットおよびチベット族の人口推移まとめ」と「チベットの平均寿命の推移まとめ」の節を追加。
  • 「1964-2008年 チベット総人口とチベット族人口の変化」を「チベットおよびチベット族の人口推移」にリニューアルして内容を大幅に加筆。
  • チベットの平均寿命の推移」を作成。
  • 世界が評価した中国のチベット統治の真実」に「チベットの未来」(外部サイト)のリンクを追加。



  • 公開開始日:2013年03月28日
    最終更新日:2017年01月09日

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    コンテンツ
    1. 写真で見る平和解放前と平和解放後のチベット
    2. 河口慧海が記録した旧チベットの実態
    3. 平和解放後のチベットの社会・経済発展データ
    4. 世界が評価した中国のチベット統治の真実
    5. 中華民国の版図でもチベットと新疆は中国の一部
    6. 西側諸国も公式に認める中国のチベット領有
    7. 犯罪集団とフリーチベット運動の密接な関係
    8. 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘
    9. チベットに関するデマの検証
    10. 当サイトの掲載資料について
    11. リンク集



    1. 写真で見る平和解放前と平和解放後のチベット


    中国による1951年の平和解放以前のチベットと平和解放以後のチベットがそれぞれどのような社会であるかをはっきりと示す写真資料集。

    ※画像クリックで拡大。

    ■政教一致の封建農奴制下にあった平和解放前のチベット

    ラサの貧民窟と物乞いの人々 農奴が住んだボロボロの家 粗末な食べ物を口にして飢えをしのぐ人々

    無給労働でポタラ宮まで荷物を運ばされる農奴たち 右手を切り落とされた牧畜民 封建農奴制下で殺された人々の遺骨

    着る物もなく飢えと病に苦しむ農奴の子供 飢えと病に苦しむラサの物乞いの老人 ボロボロの衣服を着用し飢えに苦しむ女性と子供

    ■中国によって近代化された平和解放後のチベット

    現在のラサの様子 ポタラ宮付近の綺麗に整備された道路 チベット大学

    チベットの水力発電所 近年話題の青蔵鉄道(青海チベット鉄道) 保護されているチベット族の伝統文化

    ラサの自然保護区 現在のチベットでは満18歳以上の全ての公民に選挙権と被選挙権が与えられており政治参加ができる チベット語の教科書で学ぶチベット族の小学生たち

    もっと見る

    平和解放前のチベットに関する公文書資料


    ※画像クリックで個別ページへ移動。

    中国のチベット平和解放は侵略ではない 旧チベットにおけるダライ・ラマの猟奇的仏事の命令書



    2. 河口慧海が記録した旧チベットの実態


    日本人としては初めてチベットを旅行した黄檗宗の僧侶である河口慧海(かわぐち えかい、1866 - 1945)の著書『チベット旅行記』(旧題:『西蔵旅行記』)に書かれた1904年頃の旧チベットの実態。

    日本軍のスパイである西川一三(にしかわ かずみ、1918 - 2008)らによる旧チベットの記録については「
    外国人が記録した旧チベットの実態」を参照のこと。



    旧チベットは貴族階級が支配する封建奴隷制社会だった

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第百一回 法王政府」

    華族と人民の関係 はちょっと見ると封建制度になって居ります。それは華族の祖先という者はみな国家に功労のある人である地方を自分の領分に貰ってある。いわばそこへ封(ほう)ぜられたようなものでそこにはその地に属するところの平民がある。で、その華族家と家属及び平民との関係はほとんど国王と人民との関係のようなもので、その平民を生殺与奪(せいさつよだつ)するところの権利はもちろんその華族に在るんです。またこの華族は平民から人頭税(じんとうぜい)を徴収します。その人頭税はごく貧乏人でも一タンガー位出さねばならぬ。その上の人になると十タンガーも百タンガーも納(おさ)めるものがある。例えば非常に出世したとかあるいは沢山な財産があるとかいう人はそういう大金を納めなければならん。

    ただ人頭税を納めるだけではない。その華族に対しては自分が土地をその華族から貸して貰って居ることになって居るですから、その租税(そぜい)を納めなくてはならん。それでこの人頭税というものは随分苦しい税ですけれども、納めなければ擲(な)ぐられた上に自分の財産を没収(ぼっしゅう)されてしまいますから、非常な苦しい思いをしても歳(とし)の暮には人頭税を納めなければならん。その税を納める苦しさに堪(た)えずして坊主(ぼうず)になる者も沢山ある。坊主になると人頭税を納める必要がないからです。税を免かれるために坊さんになる位ですからどうせ学問をする考えもなければ仏教を学んで人のために働きをしようという考えのあるべきはずもない。 ...

    [全文を読む]

    ※「華族」…貴族階級のこと。「中華民族」のことではない。




    旧チベットの刑罰と拷問は極めて残虐だった

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第八十五回 刑罰の種類」

    ... チベットの拷問の方法 はごく残酷である。またその処刑もごく野蛮の遣り方である。獄屋というようなものも、なかなかこの世からのものとは思えない程の所で、まずその拷問法の一つ二つをいいますと、先に言った割竹で指の爪を剥すとか、あるいは石で拵えた帽子を頭に載せるという仕方もある。それはまず始めに一貫匁ぐらいの帽子を載せ、それからまたその上に同様の帽子を、だんだん五つ六つと載せていくので、始めは熱い涙が出て居る位ですが、仕舞には眼の球が外へ飛び出る程になってしまうそうです。そういう遣り方もある。それから叩くというたところで柳の太い生棒(なまぼう)で叩くのですから、仕舞にはお臀(しり)が破れて血が迸(ほとばし)って居る。

    それでも三百なり五百なり極めただけの数は叩かなければ罷(や)めない。もっとも三百も五百も叩く時分には、半ばでちょっと休んで水を飲ましてからまた叩くそうです。叩かれた者はとても病気せずには居らない。小便は血のような真っ赤なのが出る。私はそういう人に薬を遣った事があります。またそのお臀(しり)の傷などもよく見ましたが実に酷(むご)たらしいものであります。獄屋も余程楽な獄屋といったところが土塀に板の間の外には何にもない。かの寒い国でどこからも日の射さないような、昼でもほとんど真っ闇黒(くらがり)というような中に入れられて居るので衛生も糸瓜(へちま)もありゃあしない。 ...

    [全文を読む]




    旧チベットでは僧侶でない人々はまともに教育を受けることすらできなかった

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第九十四回 教育と種族」

    ここで 学校及び教育 の事についてちょっと説明をして置きます。チベットでは教育は余り普及して居らない。ただ第二の府たるシカチェの辺では大分に単純な習字とかあるいは数える事、読物の類(たぐい)は行われて居りますけれども、その他は寺でない限りはほとんど普通人民の子供は教育されるということはないのです。ですからもちろん学校も沢山にない。ただ学校らしいものはラサ府の法王宮殿に一つと、シカチェのタシ・ルフンプー寺にあるだけ。その他はすべて私塾のようなものであって最も広く教育の行われて居るのは僧侶学校である。 ...

    [全文を読む]




    旧チベットでは悪魔払いで病気が治るという迷信が信じられていた

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第百五回 迷信と園遊」

    病根は悪癘(あくれい) チベットでは病人の全癒(ぜんゆ)を謀(はか)るには医薬がおもなる部分でない。最も主要なる部分すなわち病人に対し最も有効なりとせらるる部分は祈祷(きとう)である。彼らの信仰によると病気は大抵悪魔、厄鬼、死霊等の害悪を加うるによるものであるから、まず祈祷の秘密法によって悪癘を払わなくては、たとい耆婆(ぎば)扁鵲(へんじゃく)の薬といえども決して利くものでない。で、いかなる悪癘が今その病人に対して禍(わざわい)を加えて居るかということは、普通人間の知らないところであるから、まずこれを知るためにはラマに尋ねなければならんというので、ラマの所へ指して書面を持たして尋ねにやるとか、あるいは使をやって尋ねるとか、または自分で行って尋ねるです。

    するとラマはいろいろその事に関する書物等を見て判断を下し、これは郎苦叉鬼(ラクシャキ)の祟(たた)りであるとかあるいは鳩槃陀鬼(クハンダキ)または夜叉鬼(やしゃき)の害であるとか、あるいは死霊、悪魔、その地方の悪神等が祟りをして居るとかいうことをよく見定めて、それに対する方法としてどこのラマに何々のお経を読んで貰えという。もっともラマの名を書いてある事もあればまた書いてない事もある。それは誰でもやれる方法である時は名は書かない。少しむつかしい方法になると誰某(たれそれ)という指名をするのです。 ...

    [全文を読む]




    旧チベットは英国植民地だった同時代のインドと比べても近代化が遅れていた

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第百八回 チベットと英領インド」

    国民の感情 ですからダージリンに居るチベット人は皆インド政府の処置に満足して、不平をいわないのみならず、実際心服して英政府のために働きたいという考えをもって居る者が沢山ある。もちろん半期あるいは一年位滞在して居る者にはそんな考えを持って居る者はないけれども、三年、五年と住むに従って、どうもイギリス人の遣り方は立派である、公明正大である、慈悲深い遣り方である。こういう政府の下に属するのは非常に結構である。チベットではちょっと盗みをしても、手を切るとか眼玉を抉(くじ)り取られるとかいうような残酷な刑に処せられるけれども、英領インドではどんな重い罪を犯しても、それで死刑に処せられるということはまずない位で実に寛大な刑法である。

    道路なども非常に立派なもので、神の国の道のように出来て居る。また病気になっても施薬病院があって結構な薬を銭も取らずにくれる。それから貧苦に迫って食物がなくなればまた相当の補助をしてくれる。こんな結構な政府はどこにもない。チベットでは食物がなくなれば誰もくれる者がないから、餓死をしなくちゃあならんというて、一度足をダージリンに入れたチベット人の誰もが去るに忍びない心を起すです。 ...

    [全文を読む]




    旧チベットのラサ府は糞尿にまみれた不潔の都だった

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第九十回 不潔の都」

    ... 溝は大小便の溜池 その溝にはラサ婦人のすべてと旅行人のすべてが大小便を垂れ流すという始末で、その縁には人糞(じんぷん)が行列をして居る。その臭い事といったら堪らんです。まあ冬は臭いもそんなに酷(ひど)くはございませんけれども、夏になると実にその臭いが酷い。それで雨でも降ると道のどろどろの上へ人糞が融けて流れるという始末ですから、その臭さ加減とその泥の汚い事は見るから嘔吐(おうと)を催すような有様。一体ラサというのは神の国という意味で、いわゆる仏、菩薩すなわち外護(げご)の神様の住処(すみか)で非常に清浄な土地であるというところから神の国という意味の名をつけられたのである。けれどもその不潔なところを見ると、確かにパンデン・アチーシャがいわれたごとく糞喰(くそくら)い餓鬼の都としか思えない。実に不潔なものです。 ...

    [全文を読む]




    旧チベット人は高等ラマ僧の糞尿を薬と称して喰わされていた

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第八十七回 奇怪なる妙薬」

    その薬といえば一つ思い出しましたがチベットには

    奇々妙々の薬 がある。その薬の本来を知った者は恐らくチベット人を除く外誰も飲むことが出来ぬだろうと思います。それはチベット法王あるいは第二の法王というような高等なるラマ達の大便は決して棄てない。また小便も決して棄てない。大小便共に天下の大必要物である。その大便は乾かしていろいろな薬の粉を混ぜて、そうして法王あるいは高等ラマの小便でそれを捏(こ)ねて丸薬に拵え、その上へ金箔(きんぱく)[#ルビの「きんぱく」は底本では「きんばく」]を塗るとかまた赤く塗るとかして薬に用いますので、この薬にツァ・チェン・ノルプー(宝玉)という奇態な名を付けます。 ...

    [全文を読む]




    もっと見る



    3. 平和解放後のチベットの社会・経済発展データ


    中国による1951年の平和解放および1959年の民主改革以後のチベットはどのような発展を遂げてきたかを示す具体的な統計データ集。

    ※画像クリックで個別ページへ移動。

    1959-2008年 チベットのGDPと1人当たりのGDPの変化 1959-2008年 チベットの食糧総生産量の変化 1978-2008年 チベット農牧民1人当たりの純収入の変化

    1964-2008年 チベット総人口とチベット族人口の変化 チベット住民の健康レベルの変化(嬰児死亡率、妊婦死亡率、平均寿命) 1965-2008年 チベット自治区の各種学校数と教職員数

    チベットの青壮年の非識字者率の変化 1959-2008年 チベット千人あたりの患者用ベッド数と衛生技術員数の変化 1990-2007年 チベットの造林と防風林面積の変化

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    チベットおよびチベット族の人口推移まとめ


    チベットおよびチベット族の人口推移
    チベットの総人口 チベットの
    チベット族人口
    中国全土の
    チベット族人口
    1737年 約800万人 *1 - - 歴代ダライ・ラマ統治時代。
    1904年 約500万〜600万人 *2 - - 歴代ダライ・ラマ統治時代。
    1935年 372万人 *1 - - 歴代ダライ・ラマ統治時代。
    1951年 115万人 *3 *4 - - この時点まで歴代ダライ・ラマがチベットを統治し、凄まじい悪政によって人口が激減し続けた。同年、中国のチベット平和解放によって中国の庇護のもとでダライ・ラマ14世がチベットの自治を開始、人口減少が止まる。
    1953年 127万5000人 *3 - 277万5000人 *5 第1回国勢調査。
    1959年 119万人 *1 - - *6 この時点まで中国の庇護のもとでダライ・ラマ14世がチベットを自治。しかし、ダライらチベット支配層が中国からの独立を企てて武装反乱を起こし失敗、亡命。チベット支配層らが逃れた分だけ人口が減る。同年、中国のチベット民主改革によって政教一致の封建農奴制が撤廃されて中国による正式な統治が始まり、近代化によってチベット族の人口が急速に増え始める。
    1964年 125万1000人 *3 120万9000人 *3 - 第2回国勢調査。
    1978年 174万人 *7 162万人 *7 - -
    1982年 - - 387万人 *8 第3回国勢調査。
    1984年 197万人 *7 188万人 *7 - -
    1988年 212万3100人 *9 - - -
    1990年 219万6000人 *3 209万6700人 *3 459万3000人 *10 第4回国勢調査。
    1993年 229万人 *7 221万人 *7 - -
    2000年 261万6300人 *3 241万1100人 *3 542万人 *9 第5回国勢調査。
    2001年 254万人 *7 244万人 *7 - -
    2003年 270万1700人 *3 - - -
    2004年 273万6800人 *3 - - -
    2005年 277万人 *9 - *11 - -
    2006年 281万人 *9 - - -
    2008年 287万人 *7 270万人 *7 - -
    2010年 300万2166人 *12 - 628万2200人 *13 第6回国勢調査。
    (1737年から1951年までの歴代ダライ・ラマ統治時代には一貫して人口が減少し、
    対する1959年以降の中国統治時代には一貫してチベット族人口を含めて人口が増加した)
    出典・脚注
    *1:『中国地図冊』(中国地図出版社編制、新華書店北京発行所発行、1992年版)
    *2:河口慧海『チベット旅行記』の「第百十八回 チベットの兵制」
    *3:『チベットの人口』(中国のチベット 事実と数字2005)
    *4:この時点の1951年までに実施されていた人口調査は旧態依然とした簡易なものであり大まかな人口しか把握できておらず、次点の1953年の人口と比べると1年に約6万2500人ずつ増えるという異常な人口増加ペースになっていることがわかるので、実際には1951年の人口は115万人よりも数万人多かったものと推定される。2年後の1953年には第1回国勢調査が実施され、そこからようやく正確性の高い人口統計が得られるようになった。
    *5:易富賢『大国空巣:反思中国計画生育政策』(中国発展出版社)
    *6:ダライ・ラマ14世のチベット亡命政権は1959年時点の中国全土のチベット族人口を600万人と主張し、その根拠として「中国政府が当時そう発表していた」とうそぶいているがそのような事実は一切ないし、また人口600万人の典拠となる具体的なソース名も一切挙げていない。また、彼らは「1959年」の人口が600万人だと言ったり「1959年以前」の人口が600万人だと言ったり「現在」の人口が600万人だと言ったりまるで一貫性がないし、まさか発展著しい地域で50年以上もの間ぴったり600万人のまま人口が停滞していることなどあり得ないのでこの600万人という数字は全く信憑性のない出鱈目な数字と見て間違いない。
    *7:『チベット総人口とチベット族人口の変化』(チャイナネット 2009年4月7日)
    *8:中国語オンライン辞書
    *9:横浜国立大学教育人間科学部教授・村田忠禧『チベット問題を考えるための資料』
    *10:中央人民広播電台
    *11:『チベット問題を考えるための資料』には2005年のチベットのチベット族人口は241万1100人と書かれているが、この数字は第5回国勢調査で判明した2000年のチベットのチベット族人口と完全に一致する不自然な数字である。よって2000年のデータが2005年のデータと誤認されて掲載されたものと判断して一覧から除外する。
    *12:『チベット、常住人口が300万を上回る』(中国国際放送局 2011年5月5日)
    *13:中国民族報 2012年7月5日

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    チベットの平均寿命の推移まとめ


    チベットの平均寿命の推移
    チベットの平均寿命
    1959年 35.5歳 *1 この年に中国のチベット民主改革によって政教一致の封建農奴制が撤廃され、近代化によって平均寿命が急速に延び始める。
    1990年 59.64歳 *2 第4回国勢調査。
    2000年 64.37歳 *2 第5回国勢調査。
    2007年 67歳 *1 -
    出典
    *1:『チベット住民の健康レベルの変化』(チャイナネット 2009年4月7日)
    *2:横浜国立大学教育人間科学部教授・村田忠禧『チベット問題を考えるための資料』

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    これら中国によるチベットの近代化と生活水準向上に感謝するチベット族の人々の発言については「チベット族の人々が語る現在の豊かで幸せな暮らし」を参照のこと。



    4. 世界が評価した中国のチベット統治の真実


    世界の人々は真実を知ればこのように中国のチベット統治を評価するようになる。中国のチベット統治の真実を知った海外の反応。

    中国のチベット近代化を見たインド人の反応、「
    チベットの未来」(外部サイト)もおすすめ。



    外国の大物政治家が語るチベットの今昔

    ■ドイツのシュミット元首相

    旧チベットはずっと、後れた政教一致の封建農奴制社会だった。1959年以降、西蔵(チベット)自治区は封建農奴制を廃止した。西蔵の文化・伝統の保護や人権尊重の面で中国政府には色々問題があると常に批判する人がいるが、こうした人々は、過去数十年間に中国政府が西蔵人民に進んだ技術や現代的なインフラをもたらし、道路、空港、拉薩(ラサ)へ通じる青蔵鉄道を建設し、西蔵の人々が今や携帯電話やインターネットで外の世界と連絡を取ることができることを見ていないのだ。中国が改革開放を実施してから、西蔵人民の物質生活は大幅に改善された。20年前の拉薩はまだ巨大な宮殿を擁す小都市に過ぎなかったが、今では、宮殿が聳えたまま、商業が繁栄し、観光業が発達した大都市となっている。

    ■フランス社会党のMelenchon上院議員

    中国政府の優遇政策は西蔵の発展を促進し、西蔵人民に福音をもたらした。第1に、封建農奴制を廃止して、社会階層を3等9級に分け、封建農奴主が農奴の生殺の権を握り、婦女が悲惨な境遇にあった社会状況に終止符を打った。第2に、地元頭領間の激しい混戦や、教規に違反した者に対する僧侶の血腥い懲罰を終わらせた。第3に、西蔵人民の生活を大幅に改善した。1959年と比べ、2008年には西蔵の児童入学率は2%未満から98.5%へ上昇、平均寿命は35.5歳から67歳まで伸び、人口は122万8000人から287万800人に増加した。 ...

    [全文を読む]




    イタリアの歴史学者、ダライ集団の支持を非難

    イタリアの著名な歴史哲学者で、ウルヴィーノ大学のドメニコ・ロソルド教授は、西側がダライ集団を支持し、中国の分裂を謀っていることを批判して、国際知識界や民衆が中国を支持しようとウェブサイトで呼びかけた。

    フランス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、イタリアなどの5つの言語で発表されたこのアピール文書では、今、一部の西側の国で中華人民共和国を「悪魔化」する卑劣な行動が展開されており、この運動は「自治」をスローガンに、「チベット独立」を支持しているとしている。またこの目標が達成すれば、次の目標は新疆、内蒙古など、中国のその他の地区に及ぶと指摘している。

    3月14日にラサで起こった暴力事件では、罪のない人たちが殺害され、その中には高齢者や女性、児童も含まれていた。しかし西側の国やメディアは、これに対して一切触れていないと、アピール文書には記されている。 ...

    [全文を読む]




    インドの記者が見たチベット

    ... 今回の訪問期間中、ちょうどチベット歴の新年を迎えた。ラサの街にはいたるところにチベット族特有の旗や装飾が施され、賑やかな雰囲気に包まれていた。私は学校や児童福祉施設、ハダカムギ酒工場、それに寺院を見学して回った。そこでチベット社会の和やかな雰囲気と、チベット族がチベット語やチベット文化、信仰・宗教を学ぶ姿を目にした。滞在中、私は一般のチベット族の家庭にも伺った。チベット族の人々は、政府の補助金によって昔よりもいい家に住み、鉄道や道路が貫通したことで、新たな仕事の機会が増えたと口々に話していた。ラサから林芝(ニンティ)まで数百キロの道路脇には新しい建物がたくさん建てられ、人々の表情も喜色に満ち、著しく発展する情景を目の当たりにした。

    わたしは一人の記者として、私たち報道陣は時に表面だけに流され、本当の意味でその問題を深く掘り下げていないと思う。長年の現地視察を通じて培った、西蔵自治区の経済・社会の発展、人権状況に対する私自身の判断は、間違っていないと思う。私が目にしてきた状況に比べ、ダライ集団と一部の西側メディアが流している情報はいかに信頼性がなく、無責任であることが容易く発見できる。さらに強調したいのは、一部の西側メディアが取り上げている、いわゆる「チベット問題」は存在しないということだ。それはダライ集団と「チベット独立」支持者の故意なでっち上げにすぎない。 ...

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    ドイツ学者、チベットの百万農奴解放を評価

    ドイツの新聞「ユンゲ・ヴェルト」は27日、「奴隷制度の終結」という見出しの文章を載せ、チベットの百万農奴の解放は歴史的な意義を持っていると高く評価した。

    この文章を書いたのは、ドイツの中国学者で、マールブルク大学のハンス教授だが、ハンス教授は「いわゆるチベット亡命政府は、昔の搾取者の代表機関である。ダライ・ラマが言う自由とは、少数の人が大勢の人を搾取する自由である。ダライ・ラマの神権制度は宗教文化ではなく、イデオロギーを基盤とした原始的な搾取・支配統治制度だ」と批判した。 ...

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    中国政府、チベットの宗教の自由を制限していない

    ... マクシム・ビバス氏の紹介によりますと、チベットへ行く前は西側諸国のメディアの影響を受け、「中国政府はチベット文化を絶滅させ、チベットの宗教の自由を制限している」との認識を持っていました。しかし、チベットの空港に着いて目の前の景色に驚きました。あちこちにチベット語で書かれた広告や看板、道路標識が並べられています。チベットの学校では先生はチベット語で授業を行い、学生たちは得意げにチベット語の入力ソフトを見せてくれました。また、寺院や公共場所のあちこちで祈祷する信者を見かけたということです。

    マクシム・ビバス氏は「中国政府はチベットの宗教の自由を制限していないどころか、一部の少しやりすぎた宗教活動に対して寛容すぎる。フランスなどの西側諸国では公共の場所でそのような宗教活動は絶対に禁止されている」との見方を述べました。 ...

    [全文を読む]




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    5. 中華民国の版図でもチベットと新疆は中国の一部


    チベットと新疆を中華圏としているのは中華人民共和国政府だけではない。中華民国(台湾)政府も今以ってチベットと新疆を中華圏としているのである。

    これら中華民国の公式領土地図では、チベット自治区に「西蔵地方」が、新疆ウイグル自治区に「新疆省」が置かれている。チベットおよび新疆が中華圏であることは中華人民共和国政府だけでなく中華民国政府にも共有されている中華民族の公式見解である。


    中華民国公式領土地図の中国語版


    中華民国公式領土地図の英語版

    ちなみに中華人民共和国成立以前である1936年の中国で発行された中華民国地図でもチベットと新疆は中国の一部とされているため、当時から中華民国政府は両地域を中国の一部として扱っていたことがわかる。


    1936年の中華民国地図

    また、中華民国政府には「蒙蔵委員会」(モンゴル・チベット委員会、Mongolian & Tibetan Affairs Commission)という機関がある。これは名目上、チベットとモンゴルを統治する機関であり、中華民国政府が今以って公式にチベットとモンゴルを中華圏としている証拠の一つである。

    蒙藏委員會
    http://www.mtac.gov.tw/

    そして中華民国憲法の第120条には「西蔵(チベット)の自治制度は、保障しなければならない」とある。これも同じく中華民国が公式にチベットを中華圏としている証拠の一つである。

    ちなみに王柯『多民族国家 中国』(岩波新書)には以下の記載がある。
    出典:王柯『多民族国家 中国』(岩波新書)のP50

    一九一二年三月に公布した「中華民国臨時約法」は、「中華民国の領土は二二の行省、内外モンゴル、チベット、青海から構成される」(第三条)となっており、一九一四年五月に公布した「中華民国約法」は「中華民国の領土は、以前の帝国の領域に基づく」(第三条)となっていた。そして、一九三一年六月に公布した「中華民国訓政時期約法」は、「中華民国の領土は各省及びモンゴル、チベットである」(第一条)となっていた。
    補足しておくと現在の新疆ウイグル自治区は中華民国時代には「新疆省」であったため、ここでは「二二の行省」に含まれている。

    このように現在は台湾に存在している中華民国ですらチベットと新疆の独立を認めていないので「中国共産党政権を打倒すればチベットとウイグルは独立する」などと考えていたらそれは大きな間違いである。



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    6. 西側諸国も公式に認める中国のチベット領有


    中国のチベット領有は西側諸国を含めた国際社会から公式に認められたものである。今や中国のチベット領有を認めていないのはダライ集団とチベット独立派、西側諸国の民間の反中勢力だけである。



    インドのシン首相
    「中国の西蔵(チベット)問題に対するインドの立場は一貫しており、ダライ・ラマがインドでいかなる政治活動を行うことも認めない。台湾問題では、『1つの中国』政策を堅持する」

    英国のミリバンド外相
    「公式にはチベットを中国の一部として認めてこなかった過去の英国外交は誤りだった。今でははっきりと中国の領有権を認めている」

    ドイツのメルケル首相
    「『一つの中国』原則を認め、チベット独立を支持しない」

    フランス外務省のエリック・シュヴァリエ報道官
    「フランスはチベットの独立を支持しない。私たちの立場は決して変わることはない。すなわち、中国の領土保全を支持し、分裂主義とチベット独立を支持しない」

    ジョン・モリス米国務次官補
    「ワシントンは西蔵(チベット)独立を支持しない。西蔵自治区は絶対に中国から切り離せない一部分だ」

    インドのクリシュナ外相
    「インドはチベットを中国の一部とみなしており、インドにおいて反中国的な活動を認めない。中国からの要請があればチベット問題についてインドはあらゆる支援を行う構えだ」

    英国のキャメロン首相
    「英国政府は長期にわたって実行してきた対中政策、および西蔵(チベット)関連問題への政策を変えることはない。即ち、英国は西蔵が中国の一部分であることを認め、西蔵独立を支持せず、中国の主権を尊重する」

    オーストリア外務省のキカルト政治局長
    「オーストリアは中国との友好協力関係を大変重視し、一つの中国の政策を堅持しており、チベットが中国の一部分であることを認めている。チベット独立を主張し中国の領土保全を損なういかなる分裂行為も支持しない」

    米国のオバマ大統領
    「チベットは中国の一部分であり、米国はチベットの独立は支持しない」



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    7. 犯罪集団とフリーチベット運動の密接な関係


    ダライ・ラマ14世およびフリーチベット運動を支援しているのはどのような勢力なのかを明らかにする。

    ※画像クリックで個別ページへ移動。

    CIAとチベットの関係 統一教会とチベットの関係 オウム真理教とチベットの関係

  • ナチスとチベットの関係



  • 8. 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘


    ダライ・ラマ一味(以下ダライ集団)および西側諸国の反中勢力は「中国はチベットを侵略して以来、チベット人口600万人の5分の1に当たる120万人ものチベット人を大量虐殺し、現在もチベットで民族浄化を継続している」なる言説を世界のあちこちで吹聴して中国のチベット統治を悪魔化している。

    この通称「チベット大虐殺」と呼ばれる言説が彼らの唱える「チベット弾圧」の最大の根拠であるが、果たしてこの話は事実なのか。先に結論を言ってしまえばこの「チベット大虐殺」は完全なる捏造である。

    なぜなら「チベット大虐殺」の証拠として喧伝されているのは、証拠能力に乏しい自称被害者たちの証言と、本当にチベットかどうかもわからない、あるいは仮にチベットだったとしてもテロリストや暴徒などでなく無抵抗な民間人に対する虐殺現場を撮影したものなのかどうかもわからない出所不明の怪しげなプロパガンダ写真の類いに、ダライ集団が具体的な出典も示さず捏造した出鱈目な数字、およびそれらを基に西側諸国の反中勢力が作成した数々のプロパガンダ資料のみであり、これらは一つ一つ検証していけばいずれも客観的な証拠にならないとわかるからである。


    ■「チベット大虐殺の証言」は証拠になるのか?

    まずは「チベット大虐殺の証拠」として最も多く用いられる証言について。

    日本の戦争犯罪を否定する右翼日本人によれば「自称被害者の証言は証拠にならない」だそうで、実際のところこの点に関してだけは彼らの言うことは正しい。なぜなら自称被害者の証言は残念ながら組織的に捏造しようと思えばいくらでも捏造できるものであり、それらは信憑性のある物的証拠や加害者側の証拠などと照合し、内容が一致して初めて証拠能力を持つものなのだから。

    ここで念のために釘を刺しておくが、右翼日本人が否定している日本の戦争犯罪には加害者たる日本軍が残した証拠資料も多数あり、被害者たちの証言はそれらと内容が一致しているので、疑いようのない歴史的事実である。よって日本の戦争犯罪は「自称被害者の証言は証拠にならない」で否定することはできない。だが「チベット大虐殺」にはそうした「加害者」側による証拠が存在しないので「自称被害者の証言は証拠にならない」で否定することができる。

    ダライ集団はしばしば中国が提示する国内チベット族の「中国のおかげで我々は農奴制から解放されて生活水準が大幅に向上した」という
    数々の証言を「中国政府が口裏合わせをしている」と証拠もなく決めつけて頭ごなしに否定するが、それなら「チベット大虐殺」の存在を主張する側が提示する自称亡命チベット人の「中国がチベット人を虐殺した」という証言もダライ集団やCIAや統一教会をはじめとする反中勢力が口裏合わせをして捏造したものだと見做されても文句は言えない。

    現にCIA統一教会が中国分裂工作の一環として組織的かつ大々的に「フリーチベット運動」を煽動していることがはっきりしている以上、自称亡命チベット人の証言などもダライ集団はもちろんのことCIAや統一教会などによっても捏造されているものであると考えることは十分に可能である。ちなみに主に日本で熱心に「チベット大虐殺」神話を流布しているペマ・ギャルポも統一教会の工作員である。

    例えば、嫌中ネトウヨらによってネット上にばら撒かれている「チベット大虐殺」の証拠とされる証言には以下のようなものがある。ちなみに一つ目はダライ集団が公式に主張している内容である。
    元拘留者や囚人たちによって報告されている拷問の手法には、以下の様なものもある。イラクサでむち打つ、皮膚を針でつきさす、指の爪の下に竹串を挿入する、四肢、特に足首の関節をハンマーなどで叩く、曲がった釘のついたバットで叩くなどである。木の棍棒(端から釘の突き出た棍棒などもある)や鉄の棒で殴打し、肉を引き裂くといった報告もされている。
    ある者は首を残して生き埋めにされ、泥の圧力で顔から眼球が飛び出し、中国人はその眼球を切り取って眺めた。

    民衆の尊敬を受ける僧侶達は、糞を食べたり、小便を飲む様に強制され、人々はその光景を見る様に強要された。

    彼らは銃殺されたばかりでなく、死ぬまでむち打たれたり、磔にされたり、生きながら焼かれた。
    ここでは特に「執拗なむち打ち」、「竹串での爪剥がし」、「眼球を飛び出させてくり抜く」、「糞尿を喰わせる」という部分を頭に入れておいてほしい。これらの拷問・殺害方法について、当サイトを読んできた方ならどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか。

    そう、これらの拷問・殺害方法は「河口慧海が記録した旧チベットの実態」にある旧チベットの支配層が行っていた残虐行為と全く同じものである。
    (「旧チベットの刑罰と拷問は極めて残虐だった」より)

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第八十四回 晒(さら)し者と拷問(ごうもん)」

    (中略)

    皮肉の拷問 その拷問の仕方は、まず割竹を指の肉と爪の間に刺し込んで爪を剥(はが)して、そうしてまた肉と皮との間へ割竹を刺すのです。それは十本の指とも順々にやられるので実に血の涙を流して居るけれども、ノルプー・チェリンは、これは自分の仕業(しわざ)[#ルビの「しわざ」は底本では「しわぎ」]であって決してテーモ・リンボチェ即ち自分の主人の命令でやった訳でないと強情(ごうじょう)を張ったそうです。



    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第八十五回 刑罰の種類」

    一体

    チベットの拷問の方法 はごく残酷である。またその処刑もごく野蛮の遣り方である。獄屋というようなものも、なかなかこの世からのものとは思えない程の所で、まずその拷問法の一つ二つをいいますと、先に言った割竹で指の爪を剥すとか、あるいは石で拵えた帽子を頭に載せるという仕方もある。それはまず始めに一貫匁ぐらいの帽子を載せ、それからまたその上に同様の帽子を、だんだん五つ六つと載せていくので、始めは熱い涙が出て居る位ですが、仕舞には眼の球が外へ飛び出る程になってしまうそうです。そういう遣り方もある。それから叩くというたところで柳の太い生棒(なまぼう)で叩くのですから、仕舞にはお臀(しり)が破れて血が迸(ほとばし)って居る。

    それでも三百なり五百なり極めただけの数は叩かなければ罷(や)めない。もっとも三百も五百も叩く時分には、半ばでちょっと休んで水を飲ましてからまた叩くそうです。叩かれた者はとても病気せずには居らない。小便は血のような真っ赤なのが出る。私はそういう人に薬を遣った事があります。またそのお臀(しり)の傷などもよく見ましたが実に酷(むご)たらしいものであります。

    (中略)

    刑罰の一番優しいのが罰金、笞刑(ちけい)、それから

    眼球を抉(く)り抜いて 取ってしまう刑、手首を切断する刑。それもじきに切断しない。この両方の手首を紐で括(くく)って、およそ半日程子供が寄って上げたり下げたりして引っ張って居るです。すると仕舞(しまい)には手が痺(しび)れ切って我が物か人の物か分らなくなってしまうそうです。その時に人の見て居る前で切断してしまうのである。

    (中略)

    最も多いのが眼の球を抉(く)り抜かれた乞食、それから耳剃(みみそり)の刑と鼻剃(はなそり)の刑、これらは姦夫(かんぷ)姦婦(かんぷ)がやられるので、良人(おっと)が見付けて訴えるとその男と女がそういう刑に遇うことがある。
    (「旧チベット人は高等ラマ僧の糞尿を薬と称して喰わされていた」より)

    出典:河口慧海『チベット旅行記』の「第八十七回 奇怪なる妙薬」

    (中略)

    その薬の本来を知った者は恐らくチベット人を除く外誰も飲むことが出来ぬだろうと思います。それはチベット法王あるいは第二の法王というような高等なるラマ達の大便は決して棄てない。また小便も決して棄てない。大小便共に天下の大必要物である。その大便は乾かしていろいろな薬の粉を混ぜて、そうして法王あるいは高等ラマの小便でそれを捏(こ)ねて丸薬に拵え、その上へ金箔(きんぱく)[#ルビの「きんぱく」は底本では「きんばく」]を塗るとかまた赤く塗るとかして薬に用いますので、この薬にツァ・チェン・ノルプー(宝玉)という奇態な名を付けます。

    それは決して売り出すのではない。なかなかそれを貰うことさえ容易に出来ません。まずよい伝手(つて)がありお金を沢山上げてようやく貰いますので、貰ったところでチベット人は非常な病気になったとかあるいは臨終の場合に其薬(それ)を一つ飲むのです。それで快くなればその有難味が利いたといい、たといそれがために死んだところが、チベット人は満足して「誠にありがたい事だ。ともかく宝玉を飲んで死んだからあの人も定めて極楽に行かれるだろう」といって誉(ほま)れのように思って居ります。実に奇々妙々の風俗で、チベット国民が実に汚穢(おわい)極まるということも、こういう事によっても知り得ることが出来るのでありましょう。
    おわかりだろうか。この引用文で赤字で強調した「執拗なむち打ち」、「竹串での爪剥がし」、「眼球を飛び出させてくり抜く」、「糞尿を喰わせる」という残虐行為は旧チベットに特有の文化である。この他にも「チベット大虐殺」の証拠とされる証言には「手足を切断された」などの内容もあるが、それらもここに引用した河口慧海の著作にある旧チベット支配層の残虐行為と酷似している。

    よってこれはダライ集団や反中勢力か、あるいは河口慧海のどちらかが情報を捏造したと考えられるが、常識的に考えれば捏造しているのはダライ集団や反中勢力のほうである。河口慧海の『チベット旅行記』は1904年頃の旧チベットを訪問した、チベット問題に無関係な第三者が書いた客観性のある見聞録であり、当時の世界にタイムマシンでも実在していなければそもそも当時は存在してすらいなかった中国共産党および中華人民共和国を擁護するために旧チベットの拷問・殺害の手法を捏造するなどとは到底考えられない。

    これらのことからこういった「中国による残虐行為」の証言とされるものはダライ集団が自らの文化を基準に物事を考え、自らの残虐性をそのまま中国に投影して創作したフィクションであるとわかる。ダライ集団は旧チベットを支配していた頃にチベット人民に対してこういうことをしていたから、中国もチベット人民に対して同じことをするだろうと安易に考えたのであろう。 ...




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    9. チベットに関するデマの検証


  • 中国のチベット平和解放は侵略ではない
  • 中国のチベット政策・少数民族政策の真実
  • 「チベット大虐殺」は反中勢力が捏造した嘘
  • 西側メディアによるチベット関連の虚偽報道
  • 漢族がチベットで多数派民族になり得ない理由
  • 「大チベット」=「満州は韓国領ニダ」
  • パンダは「チベットの動物」ではない
  • 「中国外務省作成の2050年極東マップ」というデマ
  • 淀川で子供を救った留学生はチベット人ではない
  • チベットによるブータン侵略と民族浄化の歴史



  • 10. 当サイトの掲載資料について


    これまで信奉してきたダライ集団によるチベットファンタジーの大嘘を盛大にバラされてチベットのことで中国を叩く根拠がなくなってしまい、「このサイトに書いてあることは捏造プロパガンダだウヨー!」なんて発狂してしまった嫌中ネトウヨへ。

    「左翼が提示する資料だから嘘」とか「中国が提示する資料だから捏造」といったような「○○が言っていることだから嘘・捏造である」という何の根拠もない決め付けは何の反証にもならないぞ。

    提示された資料を嘘・捏造だと断言したいのであれば、

  • 提示された資料の具体的にどの箇所がどのように嘘・捏造であるのかを、
  • 提示された資料と同等以上に信憑性のある反証ソース付きで、


  • 確実に立証できなければならない。

    それができないのに嘘だ捏造だと言い張るのでは、「中国人が言ってることだから韓国が中国の属国だったなんて捏造・妄言ニダ!」とか「日本人が言ってることだから韓国が日本に近代化されたなんて捏造・妄言ニダ!」などと何一つ反証の根拠も提示せずにファビョるだけの南朝鮮人と何も変わらないぞ?

    要するに「○○が言っていることだから嘘・捏造である」と頭ごなしに決め付ける態度は議論の本題に何ら反論できないことの動かぬ証拠である。



    11. リンク集


    管理人が運営する他のサイトは「
    中華民国台湾の真実」。

    〜 中国のチベット統治の真実 〜
    誰にも決して否定できない中国によるチベット近代化の動かぬ事実。
    中国のチベット 事実と数字2005
    2005年の時点でまとめられたチベットの発展に関する資料集。人口増加データ、経済発展データ、各種インフラ発展データなど。
    チベットの民主改革50周年
    2009年の時点でまとめられたチベットの発展に関する資料集その1。チベット問題関連の各種コラム、各種経済・社会発展データなど。
    チベット民主改革50周年
    2009年の時点でまとめられたチベットの発展に関する資料集その2。旧チベットと新チベットの写真対比、チベット民主改革年表など。
    図表で見る「チベット経済と社会発展の報告」
    具体的な数値データによって裏付けられた中国によるチベット近代化の事実を図表で確認。
    真実の西蔵とは
    2008年3月のラサ暴動の際にまとめられた資料集。チベットの真実の姿のほか、西側メディアによるチベットに関する虚偽報道の実態なども暴いている。
    ラサ 3.14事件の真相
    2008年3月のラサ暴動関連資料を中心とした資料集。チベット自治区の概要や国際社会の声など。
    チベット問題を考えるための資料
    日本の学者も認める、チベットの本当の歴史と中国によるチベット近代化の事実。
    チベットの未来
    インド誌に掲載された、実際のチベットを見たインド人が語るチベットの真実。翻訳者は評論家の山形浩生。多少中国への批判も混ざっているが、概ね正確に中国のチベット統治を評価している。

    〜 ダライ集団が隠してきたチベット裏情報 〜
    ダライ・ラマ14世とチベット独立運動の欺瞞を暴露する。
    チベット情報まとめ 〜報道されないチベット問題の真実〜
    中国政府が提示する資料以外からも明らかな、ダライ集団と反中マスコミの嘘と捏造を暴く。
    ダライラマを疑え
    詳細な歴史検証によりダライ集団の嘘と捏造を暴く。キャラクターアイコンによる対話形式の記事などわかりやすさにも力を入れている。
    鳥龍茶(にゃおろん茶)
    日本語堪能な在日中国人が解説する、中国とチベットの歴史の真実。チベット関連以外では中日関係の小ネタも取り上げている。
    チベット問題の本質
    反米派の日本人によるチベット問題評論ページ。全4編。
    bogus-simotukareのブログ
    ダライ集団に対して懐疑的な日本人によるチベット問題・中国問題評論ブログ。

    〜 チベットの真実を世界に発信 The Truth of Tibet 〜
    中国の統治によってチベットが近代化された事実を英語で世界に発信しよう。
    China's Tibet Facts & Figures 2005
    「中国のチベット 事実と数字2005」の英語版。
    50th Anniversary of Democratic Reform in Tibet
    「チベットの民主改革50周年」の英語版。
    50th Anniversary of Democratic Reform and Serfs Emancipation in Tibet
    「チベット民主改革50周年」の英語版。
    Full Text: Report on the Economic and Social Development of Tibet
    「チベット経済と社会発展の報告」の英語版。
    Friendly Feudalism: The Tibet Myth
    米国の学者も認める、チベットの歴史の真実。多少中国への批判も混ざっているが、概ね正確にチベットの歴史を解説している。

    〜 新疆ウイグル自治区の真実 〜
    チベット同様、新疆も中国による近代化で飛躍的に発展した地域である。
    新疆の歴史と発展
    2003年の時点でまとめられた新疆ウイグル自治区の発展に関する資料集。
    新疆の発展と進歩
    2009年の時点でまとめられた新疆ウイグル自治区の発展に関する資料集。

    〜 中国関連のデマを検証するサイト 〜
    日本に蔓延る悪質な反中・嫌中デマに対する検証と反論をしているサイトを紹介。
    「南京大虐殺は捏造」というデマについて
    南京事件FAQ
    「南京大虐殺はなかった」という人へ −「否定派のウソ」と「事実」−
    ネトウヨの南京事件否定論をおさらいしてみる。
    右翼日本人が垂れ流す数々の南京大虐殺否定論に対する体系的な反論はこれらのサイトにまとめられている。南京大虐殺は日本の歴史学界でも明白な歴史的事実と認められており、否定論こそただ一つの例外もなく嘘と捏造で塗り固められた虚構なのである。
    「南京大虐殺の写真はすべて捏造写真」というデマについて
    東中野修道氏が「検討」したと主張する写真143枚
    ニセ写真ばかりというのは欺瞞
    虐殺を示す写真は存在する
    国民党がニセ写真を作っていたという証拠は一切ない
    南京大虐殺否定論者の東中野修道が「検証によりすべて捏造写真と判明した」と主張している南京大虐殺の写真に対する再検証。実際には誤用された写真が何枚かあるだけで「捏造写真」なるものはないし、むしろ改めて本物と証明された写真も少なくない。
    「通州事件こそ中国が日本人に仕掛けた大虐殺」というデマについて
    通州事件関連エントリー
    「通州事件」への視点
    「通州事件」―直接の引き金
    通州事件で相殺はされない
    戦中も戦後も日本の反中勢力のプロパガンダの道具となり続けている「通州事件」の真相。「通州事件」とは中国の正規軍ではなく日本の傀儡政権が起こした事件であるし、事件直後に謝罪と賠償も済んでいるし、そもそも「反日勢力が隠す事件」などではない、などなど、検証すれば次々にボロが出る。
    「中国は日中戦争の犠牲者数を年々増やし続けている」というデマについて
    日中戦争における中国側犠牲者数の考察
    中国の犠牲者数1000万、2000万、3500万についての考察
    「中国が発表する日中戦争の中国側犠牲者数が戦後も年々増え続けているから中国の発表なんて捏造だ」というデマ。だが実際には「死者の数」なのか「死傷者(死者+負傷者)の数」なのか、などの内訳が異なる数字があるだけで別に中国は犠牲者数を年々増やしてなどいない。
    「中国軍は日中戦争で女性や子どもまで便衣兵にした」というデマについて
    小林よしのり徹底批判(7)噂を根拠に中国軍を悪魔化
    日本軍の残虐行為の被害者証言を頭ごなしに否定する一方でそれよりも信憑性が低い又聞きの噂を根拠に中国軍を悪魔化するダブルスタンダードなデマを流す右翼漫画家小林よしのりを痛烈批判。
    「中国共産党は日中戦争で日本と戦っていない」というデマについて
    中国共産党は日本と戦っていない、というウソ
    右翼日本人は「日本軍と戦争をしたのは中国国民党軍であって中国共産党軍ではないのだから中国共産党が偉そうに日本を批判するな」と言いたいらしい。だが実際には中国共産党軍が日本軍と交戦した記録は日本側にもいくらでも残っている。
    「支那という言葉は蔑称ではない」というデマについて
    支那とは蔑称である
    “シナは蔑称じゃない”のか?
    支那呼称
    「支那という言葉は秦から来ており何も差別的な意味合いはないから英語などのChinaと同じで蔑称ではない。むしろ中国という言葉こそ周辺国を見下す不適切な言葉だ」というデマ、というか屁理屈。だがどう言い訳しようがChinaという言葉とは違って支那という言葉は今現在は反中・嫌中主義者のみによって否定的な文脈でしか使われていないという時点でお察し。
    「中国人は胎児スープなどの人肉食をしている」というデマについて
    胎児スープは創作! 中国広東省の赤ちゃんスープは創作物、フィクションです!
    「中国人は人喰い民族」という民族差別デマは古今東西根強いが、その中でも「胎児スープ」なるものは実は広東省の怪奇作家によって造られた猟奇的創作物・架空アートと判明。
    「夏目雅子は中国の核実験で被曝して死んだ」というデマについて
    夏目雅子と世田谷を繋ぐ点と線
    産経新聞の右翼雑誌『正論』が流した根も葉もないデマ。そもそも夏目雅子は中国ロケすらしておらず、問題のドラマはすべて日本で撮影されたという。
    「嘘だらけの日中近現代史」というデマについて
    倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(1)
    倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(2)
    倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(3)
    倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(4)三国志誤読箇所
    倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(5)中国通史の認識誤認
    本当に中国史に詳しい人が検証すればどんどんバレる、嘘つき右翼日本人が書いた歴史捏造本の「嘘だらけ」な内容。曰くこの倉山満なる自称「憲政史学者」は高校世界史レベルの知識すらないらしい。
    「中国は○○年に崩壊する」というデマ(願望?)について
    中国崩壊するするビジネス
    日本の反中勢力はこれまで幾度も「中国は○○年に崩壊する」と主張する詐欺本を出版してはことごとくそれらの予測を外してきた。今現在も中国は衰退する日本とは対照的に絶賛発展中である。これはそうした反中勢力によるお笑い詐欺商法のまとめである。